17歳・高梨沙羅はなぜ世界一なのか。 人にはわからない欠点を修正する力。

 週末のジャンプワールドカップの結果を見ていたら、なんだか混乱してきた。オーストリアで行なわれた男子は41歳の葛西紀明が勝ち、札幌で2日つづけて行なわれた女子のほうは17歳の高梨沙羅が連勝した。体力、筋力は20代、30代のころに比べると落ちているに違いない40代の葛西が勝った一方で、まだ17歳の高校生で技術的には発展途上と思える高梨も勝つ。一体ジャンプに必要なものってなんだろうと考えると、答えが見つからず、混乱してしまったのだ。

 一方はピークを過ぎ、もう一方はこれからピークに向おうという選手が、ともに勝つ。これを見ると、ジャンプでのフィジカルな要素というものは結果に決定的な影響を与えないのではないかと思えてきた。肉体以外の要素、風向きや風の強さ、踏みきりのタイミングの感覚といった要素が勝負に大きくかかわる。それをうまくつかむ能力を磨けば、フィジカルな要素の不足はある程度補える。力だけじゃ勝てない。

体の小ささだけが高梨のアドバンテージではない。

 映像を見ていない葛西の場合はひとまずおき、札幌で連勝した高梨で考えてみる。高梨は身長152cm、体重43kg。ジャンプは体重が軽い選手が有利だから、似たような身長、体重の選手もいるが、やはり参加している中では目立って小さい。この小ささがなかなか落ちないジャンプに役立っているのは確かだ。

 たとえば、フィギュアスケートではジュニアのときに3回転半を跳べた選手が体が大きくなって完成してくるとうまく跳べなくなるということがよくある。それを乗り越えるには今度は軽さではなく筋力で跳ぶ体と技術を身につけていかなければならない。

 では、札幌の2試合でともに最長不倒、ゲートを下げても勝つという高梨の圧倒的な飛距離も、体の小ささというアドバンテージのせいだったのだろうか。

 彼女のジャンプを見ていると、体の小ささはあまり影響しているようには見えない。ジャンプは踏み切り、空中姿勢、着地が三つの大きな要素だが、踏み切りのタイミングがいつもドンピシャだし、低い飛び出しの方向もいつも同じように決まっている。空中の姿勢は少々の風ではびくともしない安定感を持っている。去年までは着地の時のテレマーク姿勢が決まらず、それが課題といわれていたが、今年はだいぶ改善した。飛距離でほかの選手を圧倒しているが、もしほかの選手が彼女と同じぐらいの飛距離で飛んだとしても、今年の彼女ほどテレマークを入れることはできないだろう。

 つまり、体格のアドバンテージよりも、総合的な技術でほかを圧倒していると見るべきなのだ。

 

まだ若い競技である女子ジャンプ、秩序はこれから。

 ただ、この点をあまり過大に見ることもためらわれる。

 女子ジャンプは新しい種目で、国際スキー連盟に登録する選手は230人ほどだそうだ。ソチからオリンピック種目に加わったが、よくこの競技人口で新種目として採用されたものだと驚く。登録人数が230人あまりだから、トップを争うような選手は数人だ。今シーズンを見ても、高梨とロシアのアバクモワ、ドイツのフォクトが三強で、ほかは大きく引き離されている。

 若い選手が多いのも特徴で、高梨の17歳が最年少というわけではなく、15、16の選手もけっこういる。数年前まで世界のトップにいた選手があっという間に凋落して、若い選手に取って代わられる。まだまだ「世界秩序」が出来上がっていないのだ。

 高梨などトップ3とほかの選手を見ながら、野球に引き比べて考えてみた。ほとんどの選手はストレートしか投げられないが、3人はカーブを投げる、それもねらったところに投げることができる。ただ、おそらくほとんどの選手がカーブを投げられるようになるのもそう時間はかからないだろう。

 そのとき勝負を分けるのはなにか。高梨のコメントを聞くと、勝っても手放しの喜びようということはない。宮の森でのノーマルヒルで勝ったときも、「テレマークが入らなかったのが課題」と話していた。審判はテレマークが入らなかったと減点したわけではないのに、本人は不満だったのだ。

他人が気づかない修正点を見つける想像力が強さの源。

 技術的にいつも不満がある。勝ったとか3位だったとかいう結果よりも、足りないものに目が行く。どの競技でも「つぎは修正して」というコメントを聞くが、ほんとうにできる選手は少ない。しかし高梨は、人から見て特に欠点には見えないのに自分には足りないところがわかる。その想像力の働きこそ彼女の強さではないか。

「私が」と書こうか、「私は」と書こうか、悩んで何度も書き換える。ほかの人から見るとどちらでもよいようなものだし、それによって伝わる内容もそれほど違わないように思えるのだが、本人にはその違いがどうしても納得できない。そういう注意力、想像力が彼女の強さを支えている。